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2011年02月20日

しごとの厳しさ

最近の自分の悩みを考えつつ、1週間前につくったトリートメントボトル。

内容は、
【ラーチ】自信をもって行動する
【ゲンチアナ】悲観的にならずに行動する
【ホーンビーム】あとのばしにせず行動する

全部に関して、行動することが目標なわけです。

最近の悩みは、とにかくしごと。

とにかく残業が多い。
仕方がないのですが残業が多い。
家に戻ると、何もする気がしない。
本だって書くべき、ブログだって更新すべき。

そして、会社では優秀に見える人が多い。
ここまでは、今のジャンルのしごとでいえば、だいたい自分がその置かれた場所では、いちばん優秀だったはず。
でも、そんな感じがしなくなってきています。
わたし程度のしごとぶりは、ほんと普通。

もともとの力、地頭がとてもよい人が集まっているな、と感じることが多々あります。
私が3回どころか、過去に何十回繰り返したのかが、とうていわからないほど、何度も繰り返してようやく身につけたことを、基本的に1回で覚えられる種類の人たちが集まっている気がする。
これでは、私はどう張り合っても地頭で叶うわけがないな。
私の勝手な思いこみだけでなくて、どうもこれは事実で。
去年の9月に転職してから、ずっと頭の片隅にあったことが、はっきりとしてきただけ。

ただ、私の場合はその何回繰り返すかわからない、といった経験を、すでに10年以上おこなっていて、だから今のところは、ここまでの経験則による知識が大きくて、かろうじてができているだけ。

もちろん、その種類のしごとを選び、転職しながらも、継続できていることそのものがすごいわけで。
それらは途中で新しく転職してきた人には手に入れられないものだけれど。
ただただ、自信がなかったです。

最初から徹底的に同じしごとをきわめている人には、まったく追いつかないし、
新しくこのしごとに入ってきた人の基本的な力というのは、私から見たらハイレベルだし。

私は、なかなかほかの人には真似できない実務経験を持っていることから、基本的には誰かに嫌味をいわれることもない、有利な立場にいるのですが、私よりもさらに継続してきた力や、新しくしごとをはじめた人の力を見て、これは私はついていけていないわ、と思っていたわけです。

今でも他の人のすごさはとても感じます。
でも、それで自信をなくすことはなくなってきました。
悲観的にもなりません。

どうしてか?

自分が”できること”も”有利なものごと”も、自覚できたからです。
口先や表面的な気持ちで”自分ができること”をわかっているという問題でなく、ここまでの実務経験と、この場所における、自分の中途半端な力を受け入れたということ。
あとは、この場所で真摯に努力するしかないですよ、と思いました。
やるだけやって、自分の力が足りないなら、仕方がない。やむを得ないです。
でも”ダメ”とか”無理”って結論を、今、この段階で出す必要はまったくないわけで。自分の必要な勉強について、まだ追求もできていない段階で、いったい何をいえる?
ずっとがんばっている感じはしますが、ひとがしごとをしていくということは、がんばりの連続の感じがします。精進しようと思います。

文章も、地道に書いていけています。
さぼったりもしていますが、からだに留意しながらも継続すること、休まないことが、私にとっての最重要課題だと思うからです。
これもひととしてのしごと。自分の力を構築するひとつの努力。

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