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2013年09月24日

入院生活その後

本当に基本的にたいしたこともなく入院生活が終わり、お昼の仕事を約1ヶ月休んだ後、復帰し、残業にも復帰でき、現在普通の暮らしを送っています。

今しばらくは、入院等でしばらく会えなかった友達に集中的に会っている感じ。



子宮筋腫そのもので入院するのはほんとうにたいしたことがないけれど、相当たくさんの人に支えられていることを実感する一連の期間でした。


本当によくなるのは6ヶ月程度かかるみたいなので、
無理はせず、
楽しく日々を過ごしたいと思います。




では、これからは、しばらくお休みしていた、普通の実験コーナーに戻ります♪

2013年09月23日

2013年7月26日(金)退院日

朝からはりきって起きて、ごはんを食べて化粧をして普通の洋服を着て、といった感じで暮らす。
退院前の化粧ってルンルンですよね。
普段なら面倒だなって思うことが多々あるのに。

他の入院患者さんが一時退院されるときですら、化粧はルンルンでされている感じがしました。
普段の生活ってなんて幸せなんだろう。


その後、荷物を宅配便の方が取りにきてくれて、荷造りをしてもらう。

その後簡単な診察をする。
リストバンドをはずしてもらう。これで収容生活終了。
体重を今日も量らせてもらう。57.5kgで変わりなし。
その後、とりあえずは部屋に戻る。

病院代の精算が終われば、請求書を持って事務の方が部屋に来てくださるそう。
いつでも出られるように準備をしてベッドでごろごろしながら待つ。
と、結構早めに精算が終わり、部屋から出ることに。
大部屋の方に挨拶をしていると、外でベッドメイキングの方が待ちわびているのがふと目にとまり、挨拶もそこそこに部屋を出る。


日本の医療制度はすばらしい。
10日入院しても、高額療養費制度のおかげで、食費を入れても9万円ちょいの経費でおさまった。


退院手続きが終わったので、昼食時間にはまだ余裕がありましたが(午前10時半頃)夢見ていた病院の喫茶店にてミートソーススパゲティをいただく。
おいしくないですが、自分で選んだ食事はおいしいです。




その後タクシーで自宅に戻りゆっくり。
自宅は静かで、検温もなくってよいですね。

2013年7月25日(木)手術後6日目

今日はいよいよやることがない。
勉強はしていますが、後は荷物を自宅に送ってもらうように手配するだけといった感じです。

そして体重も量ってみました。
そしたら57.5kgで手術前より4kgくらい減っている。
筋腫により、いろいろな意味で重たくなっていたみたいです。
ただ、ちょっとこの体重は軽すぎ。

病院食はなんというか超健康的だし。
もう少しだけ体重を増やして、そのあとは増やしたままの体重を維持していきたいと思っています。

お散歩をしてだらだらして勉強して漫画を読んでという生活。
明日で監獄からも、おさらばだ。

2013年09月19日

2013年7月24日(水)手術後5日目

今日から普通食です。

今日は血液検査と診察があります。
血液検査は人数が少なかったみたいで、看護師さんが朝食後、部屋まで来てくださいました。



午前8時、水曜日6時間手術予定の彼女に、ガッツポーズをして送り出す。
これは手術前には、部屋毎にて伝統儀式のようです。
わたしも、そんな感じに、先週金曜日には、大部屋のメンバーに送り出してもらいました。


今日の残りの予定は診察なのですが、これがなかなか診察の時間にならな~い。
お昼ごはんを食べ、漫画を読み(怪物くん)、だらだら。
そういえば先生は外来担当の日みたいです。
これは外来診察が終わるまでは、診察の順番がまわってこないやと思う。


午後4時過ぎに診察になり、診察も無事終わり、退院予定はあさって金曜日でOKとのこと。
そこで、まず、今後の生活について伺う。ひととおりの説明後、
ずっと疑問に思っていた、肥満はダメということと(肥満はダメなんですよね、と伺ったら、「百害あって一利なしです!!」という発言をなされた)、
先生の肌がきれいだなと思っていたので、美肌のコツを伺う。
美肌については、術前の説明のときとか手術後に麻酔を取るときとか、ずっと伺いたかったんですねぇ。

そしたら美肌にはビタミンCと、もともとの主治医の先生に関してはSK2を実践中とのことらしい。
さっそくどちらも退院したら試してみよう。
たのしみ。
せっかくの入院生活、楽しまなくちゃ損だよね。




そうそう、こちらの病院ではおなかの縦切り横切りを選べる次元の患者さんが相当少ないみたいで、ふとわたしが横切りで、って会話をしたとき、それは選ぶ余地がなかったという状況の患者さんしか会わず、かんたんに横切り、って言ってしまった自分の言葉に困りました。

わたしにとってはおおごとな手術ではあったのですが、こちらの病院においては、ほんとにたいしたことがない手術などの状況のようです。

2013年7月23日(火)手術後4日目

昨日の五分粥、本日の全粥につながり、明日には普通食に戻りそうです。


今日は何もすることがない1日と思っていましたら、おなかに貼っているテープをはずすという予定だけがある1日だったようです。
ここで、2重重ねのテープを1重重ねのテープに切り替えましたが、傷はとてもきれいです。横に長いかなという気もしますが、まあ、横なのでよしとしましょう。

普段のヒップハングショーツをはいてみたら、しっかり傷が全部隠れています。
すごい。ビバ横切りです。


先生に伺うと、手術に関しては、わたしのような体型の人間は、手術が相当やりやすかったみたい。
わたしの体型は、長身・痩せ型といったところでしょうか。
幅が広めで脂肪が少ない。
脂肪が多いと、皮膚を縫い付けるのが大変らしいです。




さて、お昼からはかねてから楽しみにしていた回診です。
いちど「回診」を見てみたいと思っていたのです。
ベッドで4人雑談しながら待っていたら、来ました~教授や先生、研修医などなど。ぜんぶで16人とかいらして、すごいなーとか思いました。
慣れている患者さんにとっては「いやだー」という性質のものみたいでしたが、こちらからしたら楽しみなので見物させていただきました。
ちなみにわたしの場合、調子を尋ねられても、特別語ることは何もありませんでした。
このような状況で回診を経験することは、最初で最後であることを願いながら、回診を楽しませていただきました。




なんというか、病室は修学旅行中みたいな盛り上がり。
笑いすぎておなかが痛いけど、そうやって治していくしかないよね。


今日くらいからそろそろ勉強に復帰できるようになってきたかな。
まだ微熱が続いていますが、微熱はそろそろ明日くらいになくなるかな。




あと、同室の方と話になりましたが、やっぱりストレスによりこういった病気は引き起こされたのかな、ということ。
でも、健全な大人としてしっかり生活していき、普通に食べていくにあたり、それなりのストレスはつきもの。
そりゃあ、そんなハードな生活はいちぬけた、ができれば、表面的なストレスフリーという意味合いだけではよいでしょうけれど、そういうわけにはいきません。
自分のなんらかの特技や能力を発揮し、世の中をかたちづくるひとつの力となる、そこからだけは逃げずにわたしは毎日仕事をしているわけだし。




ただ、今後の人生において、ストレス解消は課題になります。


水曜手術の彼女が、少しでも楽になるように願って、とりあえずレスキューレメディの瓶を自分の机の上に出してみています。

2013年09月16日

2013年7月22日(月)手術後3日目

相当面倒だった尿取り行事は、ようやく朝7時で終了しました。


今日は大部屋に移ります。
朝10時に大部屋に移るのが目処になりますとのこと。
が、朝10時になっても待てどくらせど連絡がなーい。
隣とさらに隣の部屋は先に移動がはじまっていて、掃除も進んでいるようです。

昨日の時点で、お散歩して気づいていたことを思い出す。
あの日に婦人科の手術をした方の中で、わたしは一番重症になる予定の方としての部屋の配置だと確信したことを。
ナースセンターに、一番近いのです。
そういえば、手術時間も長引く予定でしたねぇ。

と、なると、
今日の手術でも一番重症になる予定の方がこの部屋に入るはず。
ということは、
たぶん手術は一番遅く終わるはず。
だから、清掃は遅くてよい・・・・・よね。



午前11時近くになって、大部屋に移動しまーすとのこと。
荷物はぜんぶ看護師さんが運んでくれました。

またもや
「よろしくお願いします♪」で新しい大部屋に入ります。
こんどは、この明るいノリでOKな様子でした。
前の部屋の状況とは違う。

またもや景色の悪い位置にベッドを置かれてしまいまして、とりあえず暮らしやすいように、いろいろなものをセッティングします。

一息ついた頃に、同室の患者さんが、図書室のことについて教えてくれたので図書室に伺う。
漫画が相当あるんです。すごい!


部屋に戻ると、新しい入院患者さんが来ていました。
話を伺うと、水曜日に手術らしい。
そしてどうやら、わたし以外の方は重症系統の入院患者。
見た目は元気そうに見せているとしてもね。




ちょっと居心地悪いです。
わたしの場合は、基本的に(特別な事情がない限り)手術が終われば終わりですから・・・・・・


ただ、手術に関してだけはわたしも口を挟む余地がある。
わたしは約3時間の手術をした。
別の患者さんは9時間の手術をした。
水曜に手術をする患者さんは6時間の手術の予定らしい。

9時間の彼女が
「背中の麻酔は痛いよー何回もやり直しになった、手術後も大変だった」
と言いまくっていたので、
「背中の麻酔は痛くないよー一度で終わるよ、手術後6時間程度で暇になったからテレビを見ていた」
とわたしは伝えておきました。




手術前におどしても、仕方がないよね。

水曜日に手術をする彼女には、この2人の中間くらいと思っていただければ。
その後の治療は全く違うけれども、手術だけは同じと思うから。

レスキュークリームやレメディにも、おそらくずいぶん助けられていると思います。
実際のところ、レスキューグッズを試さずに、手術をした経験がないから、使わないときとの差はわかんないんですけれど。




ただ、前向きな気持ちは前向きなからだをつくっていくとは、この短い入院生活の中で信じられるようになりました。
バッチさんはお医者さんだったのだから、そりゃあ理解できて当然だろうなと思いますし、わたし自身も、ようやくこういったことに気づくための機会に恵まれたのかなあと、遅まきながら感心します。

2013年7月21日(日)手術後2日目

今日からお食事が出ることになりました。
三分粥と、繊維質の少なそうなおかず。

ほんとうに食欲をかきたてる系統の食事ではありませんが、回復室に入ってからの、食事のあたたかいものはあたたかく、と、冷たいものは冷たく、は、個室に入る前よりかなり配慮されていると、3食いただいてみて、確信しました。
できる範囲で相当努力されて、それぞれの方が仕事をしてくださっていることを、感謝しました。



午前中に、先生が病室に来ました。
これは、背中の麻酔を取ることが主目的です。そして、筋腫の写真をプリントアウトした紙をいただきました。
その紙を折り曲げようとして、ふと気づいてやめました。
退院したら、ラミネート加工して保存しよう。




ごはんも食べるしお水も飲むしで、点滴は本日予定は2本だったのですが、1本で終了できることになり、ようやく点滴の管もはずされました。

これで、基本的に、完全に自由です。
(恐怖の尿とりおけ①~⑫の中のほとんどの動作を繰り返す以外はね)
やった♪




なので、1Fにあるコンビニエンスストアで、500mlのお水を3本と、プリンとヨーグルトと、テレビ用のイヤホンとカーズ2のDVDを購入してきました。
コンビニからエレベータ乗り場に行こうとしたら、ちょっとお水の重みがおなかに来る。
たった1500mlの水がおなかの傷に響くなんて。
エレベータまで、両腕で荷物を抱えながら、おなかに重みを与えないように、不思議な状態で歩きました。



エレベータが到着しましたが、普通ならすぐに乗れるところが小走りできない。
ゆっくり歩いてエレベータに乗って、他の乗客に対して、すみませんすみませんという感じです。
わたしは、堂々たる手術後2日目の入院患者なので、本来、堂々としていてよいのです。
でも、長袖を着てしまうと、入院患者の目印であるリストバンドは隠れてしまっていました。
もう、一目で重傷者とわかるような、点滴や麻酔もついていないしねぇ・・・・・
さらに病人を証明するかのような寝巻きは、点滴が取れた時点でスポーツをするようなスウェットに取り替えてしまったいるしねぇ・・・・・


プリンを食べながら、ベッドで、ディズニーの『カーズ2』をみます。
カーズそのものを見たことがなかったので、ストーリーとしては知らなかったのですが、それなりに無難に楽しめるDVDは入院中には必須。

ヨーグルトは冷蔵庫へ。
イヤホンは、明日から、普通部屋に変わることに備えてのものです。
金曜から日曜は回復室(個室)だったのでイヤホンはいらなかったのですが、明日からは、周囲の方に迷惑をかけないために、病院のルールでもあり、必要なので。




なんだか夕方になって喉が痛くなってきたので、のど飴を1Fのコンビニで買うか看護師さんに頼むかを考えていたのですが、結局看護師さんにトローチを頼みました。
が、なかなかトローチが届かない。

就寝時間ぎりぎりに届きましたが、咳き込むとおなかが痛いね。
枕を抱きかかえて咳をすると痛みが少し軽くなるとの指導あり。
水を飲んだりリクライニングでベッドを起こして咳をしたりトローチをなめながら夜を過ごします。

2013年09月13日

2013年7月20日(土)手術後1日目

寝返りを打っていると、からだにつけていた心電図がはずれてしまって、恐怖の警告音を鳴らしピカピカサイレンライトを照らしつつも、朝になりました。
状態が安定しているので、心電図は、夜の途中、いつの時間からか、取れました。




ここからはベッドのリクライニングを使ってよいとのこと。
看護師さんに体をきれいに拭いてもらう。
そして、手術着から借り物の病院着に着替えさせてもらう。

今日は歩ければ尿カテーテルが外れるということです。
尿カテーテルは余計なものなので、とにかく早くはずしたいので、痛かろうが何だろうがまずは起き上がる。
起き上がってみると、意外に大丈夫で、点滴台を押しながら外を歩けるものでした。
回復室に戻り、そこで尿カテーテルをはずしてもらう。




が、ここからが面倒のはじまりです。

切腹をした後は、2日間尿の量をはからないといけないのです。
トイレは回復室についていますが、尿の量をはかる作業がとっても面倒くさい。
まだ、背中に麻酔の管、左手に点滴がついている状況のもとなのですが、




①点滴台は充電式になっているので、点滴台の充電コードを移動の際にははずさないといけない。その際、からんだ管をきれいにして
②痛いのにリクライニング等利用して立ち上がって
③トイレに行って
④尿取りおけに尿をして
⑤尿を尿ため容器に入れて
⑥尿取り容器を洗って
⑦便器に尿取り容器を再度セットしてトイレットペーパーで水気をふきとって
⑧そのトイレットペーパーをトイレに流して
⑨手を洗って
⑩手をふいた紙タオルを捨てて
⑪ベッドに戻り、再度点滴台に充電コードをつなぎ(これをせずに、ずっとはずしっぱなしにしていると、充電が切れ、警告音が鳴る)
⑫ベッドの上に乗り、リクライニングで寝る位置に戻る

こういう作業が1回1回必要になります。
それも、左手が自由でない状況のもと。


昼前からは水とお茶は飲んでよいといわれたので、点滴と併用しながらお水を飲んでいます。
となると、尿の回数は当然増え、①~⑫の動作を繰り返すことになります。
これはとても面倒な作業だなと思いました。

2013年09月11日

2013年7月19日(金)手術当日

この日は朝6時ほぼちょうどに看護師さんがベッドにいらっしゃる。
あれだけ出しているのに、浣腸をするとのこと。
朝になるまで20回以上の強制お通じ。
もうこれ以上何もしなくて構わないでしょうと思います。

が、やっぱり浣腸をするとのことで、大部屋の他の方がおトイレに行った後に浣腸をすることになります。




その後は手術着に着替えて午前8時の手術室出発までのーんびり。
ここでまた家族の付き添いが必要になるということで、病室に来てもらいました。
手術中は両親とも、とても暇だろうなと思うと、ごめんなさいと思います。

午前8時に車椅子に乗せられ手術室へGO!
車椅子に乗せられている方がたくさんいましたが、当然目的は同じで、手術室への共同入り口を入ると、冷凍庫みたいな入り口がたくさんあり、まるで冷凍庫行きの業務用食材みたいに車椅子で運ばれていきます。




あとは、
自分でベッドに乗り、
看護師さんにタオルをかけてもらい、
手術着を脱がせてもらい(これくらいなら自分で脱ぐといいましたが)、
心電図をつけ、
点滴を開始し、
横を向き
背中に麻酔をし、
普通に仰向けになり
酸素マスクがつき、
点滴から麻酔が流れると

意識不明の重体???
3時間ほど眠りました。



午前11時40分頃、無事意識も現世へ生還。
筋腫をビニール袋の上からさわり、麻酔により感触はよくわかりませんでしたが、担架でそのまま回復室へ運び込まれます。



いろいろなものがからだについているようです。
心電図と尿カテーテルと背中の麻酔と点滴と。
そうそう、点滴は気づけば右側と左側と両方についていた!
最初は左だけだったはずなのに。




ただそんなことより寒いのです。
ふるえるので、電気毛布でめちゃくちゃ温めてくれているようです。
真夏なのにね。
裸で手術をすればそりゃあ体温も下がる。

回復室に移動して、わたしはただ眠るだけで、いてもらっても仕方がないので両親には帰ってもらいました。



眠ったり起きたりで、体温も戻り、気づけば午後6時。
とはいっても絶食だしからだも起こせないので動くことはできないわけです。
ベッドの角度を変えることも今日は禁物。
でも、暇ですね、という話にその時点でなりました。
要は気分も悪くないし、たっぷり眠ったし、といった、目覚めの気分よい状況です。

今日は何もできない前提で、お財布も携帯電話も両親に預けていて何も持っていない。
すこし考えて気づきました。
昨日購入したテレビカードがあるではないですか!
早速看護師さんにお願いしてテレビカードをカバンから取り出してもらいセットしてもらう。




で、テレビを午後9時まで見ていました。
手術当日、これでよいのだろうか。


手術の難易度と術後の経過はまったく違うらしい。
わたしは出血多量で手術時間が結構かかる予定だったらしい(が、出血はなく、お昼の仕事をちょこちょこ休みながら大変な思いをして貯めた、自己血を使うこともなく)。だから、早く回復室に帰る予定もなく、午後6時から暇だからという理由でテレビを見る予定もなく。
昼の看護師さんも夜の看護師さんも、早く回復室に帰ってきたから暇である的な、似たことを話される。
どれだけ、わたしの手術に時間がかかる予定だったのかと思う。



隣の部屋ではとても気分が悪そうな状況がずっと続いている。
同じような手術でも、麻酔でも、状況は違うのね。

わたしは大丈夫だ(ろう)から、隣にどんどん行って差し上げてくださいと言いました。あまりにかわいそう。
隣の部屋の方の気分が、早くよくなりますように。




ただ、さすがに午後9時以降のジブリアニメを見る体力は続かず、再び睡眠に入ります。

2013年09月09日

2013年7月18日(木)手術の前日

朝6時から起床だけれど、強制的に起こされるという系統の起床ではなく、そこからは、看護師さんとかも患者さんの状況によっては動きはじめるよ、という系統の起床時間だったみたいです。

だから、結構ゆっくりと朝の時間を過ごします。

そしてゆっくり術前の朝食を朝8時から取ります。
あまちゃんなんてテレビで見ています。




が、ここからが今日はハードです。

8:30  血液検査
9:45  明日の手術に備え除毛とへそ掃除
10:30  おふろ
11:00~ ゆったりした下剤スタート(マグコロール)。
15:00~ 恐怖の下剤(よくわかりませんが、人工的な感じがする下剤)スタート。



下剤進行中に、
手術説明
麻酔説明
手術に際しての持ち物説明
執刀医前日説明

といった具合に、ちょこちょことした、手術に対する恐怖をかきたてるような説明が病室にておこなわれる。
ここでもところどころで縦切り推奨発言をされたり、でもご自身がいいようにされるのが一番ですからね、といった発言をされたり、いろいろと心が揺れ動きます。
まあ直径14センチなので筋腫そのものも大きいのかなと思いますが、それをいうなら、メスを入れるべきわたしのからだも、女性の標準からすれば十分大きい。
取りにくい位置には筋腫は存在しないようです。
もしも取りにくい位置にあったならば、体調不良により、もっと早い段階で気づいていたことでしょう!
今後のことも考えて、なんとか横切りで粘りたい。




ランチもディナーも術前食なのでとてもあやしい。
まったく食欲をかきたてません。
(でも空腹なので完食、これは退院までずっと同じ状態です)




そして夕方の段階で、下剤を原因とするおトイレに7回も行っている。
さすがに普通の状態ではない。
もともと快調なお通じを恐ろしく快調にしてしまっていて、午後8時くらいには、とうとう恐怖の快調すぎるお通じが原因で、血便まで出てしまった。

これはひどすぎる。
ここまで出させなくてよいでしょうって思いました。
ただ、個体差に配慮する病院であれば、多分通院がものすごく大変だっただろうと想像はつくので、婦人科不足の現状として、やむを得ないと諦め気味な状態です。




ここでレスキュークリームを炎症を起こしすぎたおしりの穴に塗ることになります。
相当調子がよくなりました。
気休めでなくって本当に状態が見事に違ったので、こういう状態になってしまった方はぜひ試していただきたいと思います。


午後9時就寝ですが、この状態ではろくに眠れず。
ここから3時間後の12時まではお水を飲んでよいとのことで、ぎりぎりまで粘ってポカリスエットとかを12時直前に飲みました。
このあたりで飲む水には全部レスキューレメディを入れています。
まあ手術ハイでもありますし、興奮する出来事がここ2日だけでもだいぶありましたし。

まあ今晩は眠れなくても、手術をすれば、手術中強制的に眠れるなと思いながら、あまり眠れない夜を過ごしました。

2013年09月08日

2013年7月17日(水)入院の日

今日から、普通に手術等終われば10日入院の予定です。
そして退院してからも含めると、合計1ヶ月以上お昼の仕事を休みます。

こういう経験って、社会人になってからはじめてだし、入院だってはじめてだし、どちらかといえば入院前に、「これで仕事を1ヶ月休める!」って思って、いろいろな必要なものを準備しながら、いろいろな方にお見舞いをいただきながら、入院ハイになっていました。

別にお昼の仕事がいやなわけじゃないですよ。
でも、ただただ日々の仕事がハードなだけ。
それはずっとブログにも書いているとおりです。




この日は、手術の説明がある日で、家族の方に来てもらうようにしてくださいとの話だったため、両親に病院まで来てもらいました。

朝10時から入院できるという話でしたが、そう単純な話ではなく、退院する方が出なければ次のわたしは入れないということで、しばらく待合室で何をすることもなく待つことになる。

11時過ぎくらいかな、やっと準備ができたみたいで、入院が可能になる。
腕にリストバンドを取り付けていただき、ここから監獄(大部屋)へレッツゴー。


看護師さんが大部屋まで案内してくれる。
部屋に入る。
わたしの名前を紹介してくれる。
「よろしくどうぞ♪」的なことをわたしは普段のテンションで言う。

まったくわたしのノリは場違いだと一瞬にて悟る。
両親も大部屋まで来てもらっていましたが、女性ばかりの病棟、すぐに立ち去ってもらうようにお願いしました。
午後4時からの手術説明会まで時間がまだたっぷりあるので。

窓際のベッドだとよいな、なーんて思っていましたが、廊下側の鏡から中が丸見えの場所にわたしのベッドは置かれていました。
ベッド位置悪すぎ。


荷物をまとめて、とりあえずお昼になって、健康的だけど食欲をそそられない1食260円自己負担のランチが出て、午後4時までは暇なので何をしようかななんて思っていたら、看護師さんが今のうちにお風呂に入っていたらどうですかなんて話をされるものだから、時間を見計らってお風呂に入り、午後3時からは院内のコンサートが、たった30分と短い間だけれどありましたので、ちょっと音楽を聴いてみることにしました。

冨永裕輔さんがミニコンサートをするということでした。
開演すこし前にデイルーム(兼会場)で椅子に座って待っていたら、小児病棟の子たちもやってきて開演を待っていました。
午後3時の開演に向け、何分も前からカウントダウンなんてしている。超たのしみそう。

開演、冨永さんが歌を歌う。
NHKのみんなのうたで音楽をつくっていたり、福岡県内の公共的な音楽をつくっていたり、結構いろいろ活動されている方らしい。
冨永さんは小さい頃心臓が悪くて何度も入退院を繰り返していたとのこと。そのとき、こういう風に音楽などを持って来てくれることが楽しみで仕方がなかったので、今、大人になれて、こういう風に病院でも歌っているという話をされた。

そんな音楽の合間にも、たった30分なのに、小児病棟の子たちがからだにつけた各種器具の警告音は確実に鳴り、途中で会場の外に出ては戻りを繰り返す。
それでも状態が比較的よいから、デイルームに出てきていたのだろうけれど。




ここは、わたし程度のレベルの病人が来る場所ではない、そう思いました。
当然、入院に適応しているからこそ入院はしているのですけれど。


午後4時になりました。
両親も戻ってきてくれましたが、午後4時すぐには手術説明会ははじまりません。
たぶん執刀される先生も忙しい。

看護師さんから呼び出しがあって、午後4時半くらいに説明室へ。
わたしのおなかのMRI画像を見ながら、手術の各種危険性についての説明。
まあ、説明しなくちゃいけないから説明するんだろうなーと思いつつ、危険性が低い系統の危険についてもたくさん説明を受ける。
話を聴きながら、ぼーっとしながら先生の顔を見つめる。
顔はもちろんですが、なんて肌がきれいなんだろう。

ちなみに執刀医の先生はここまでの主治医の先生と違う。
今日はじめてその話になり、執刀医の先生とも初対面です。
ここまでの主治医の先生もそうですが、小さくてかわいい先生。
どちらの先生も、女医さんです。
このタイプの手術をする先生にとっては”小さい”というのは優位性になるんだろうなとひしひしと感じます。
わたしみたいな、からだも手も大きい人間が、頭の能力の問題はさておき、担当してはダメ。
そう感じます。

傷を縦切りにするか横切りにするかで、先日から疑義がありまして。
ここまではずっと横切りで考えていたけれど、出血多量で手術時間が長引きかねないので縦切り推奨とのこと。
ただ、今後のわたしの人生を考えると、横切りがとてもよいのです。
横切りなら、傷の治り方がよく、ビキニも今後も着られるといった具合になる見込み。
だから横切りにこだわっています。



両親には帰宅してもらい、とりあえず午後6時から夕ご飯。
ゆっくり社労士試験の勉強をしながら就寝まで過ごします。

午後9時に就寝。
さすが病院だなと思います。

はじめに~子宮筋腫の摘出手術で入院していました

2013年7月17日(水)~7月26日(金)まで、子宮筋腫核種摘出手術のため、家の近所の総合病院に入院していました。
その後、1ヶ月ほどお昼の仕事を休み、復帰、現在に至ります。

退院してネットで情報を見てみましたが、子宮筋腫核種摘出手術のブログはたくさん出てくるのですが、バッチフラワーに関してのものは見当たらなかったので、
はっきり言ってレメディ活用についてはそれほど面白い(というか、もの珍しい)内容のものではないと思われますが、入院体験そのものは人生を考えさせられるものでした。
ある意味、ディズニーランドになんて負けない、エンターティナメント、と思えるくらいの体験でした。

そのことについて、ブログにして、したためてみようと思います。